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九州と「金」の関わり|日本と金の豆知識

世界中の多くの国と同様、「金」は日本でも古くから大きな価値を持つものでした。その証拠は、日本各地にさまざまなかたちで残されています。ここでは、金や貴金属、宝石の買取を依頼しようと考えている人に向けて、九州と「金」にまつわる豆知識をご紹介します。


【目次】

九州と「金」①菱刈鉱山

九州と「金」②漢委奴国王印

九州と「金」③純金くまモン

まとめ


九州と「金」①菱刈鉱山

九州には、日本最大の金鉱山があります。それは鹿児島県伊佐市菱刈地区にある菱刈鉱山(ひしかりこうざん)です。日本最大というだけでなく、商業的規模で現在も操業されている日本で唯一の金鉱山で、銀も産出しています。菱刈鉱山には約250tもの金が埋蔵されていると考えられていますが、これは、日本国内にあるほかの主要金山の埋蔵量をすべて足しても追いつかないほどの量です。

2018年現在も探鉱が続けられており、2012年にも新たな鉱脈が発見されています。菱刈地区はもともと、江戸時代の産金地でした。1965年以降から金鉱探査が行われるようになり、1981年に鉱脈が発見されました。その後、1985年から住友金属鉱山によって採鉱されるようになりました。現在では、ここ菱刈鉱山の産金量が年間国内産金量とほぼ同量だといっても過言ではありません。

それだけの量を産出しながらも、菱刈鉱山の金鉱石は、高い品質を保っているのが特徴です。通常の金鉱石であれば1tあたり数gの品位ですが、菱刈の鉱床探査の試錐は1tあたり290g、鉱山の平均として1tあたり約50g。これは、世界最高水準といってもよいでしょう。


九州と「金」②漢委奴国王印

九州は古くから「金」との関わりが深い土地でもありました。1784年に福岡市東区にある志賀島から、「漢倭奴国王」の5文字が刻まれた純金製の王印が出土したことは皆さんもご存じでしょう。この金印は、西暦57年に後漢に朝貢した倭の奴国王が光武帝より授かった印綬だと考えられています。1931年に国宝保存法に基づいて国宝に指定され、その名が知られるようになりました。

明治維新後には東京国立博物館、次いで福岡市に寄贈され、現在では福岡市博物館で保管・展示されています。

この金印は、1966年に精密測定されました。その記録によると、印面1辺の平均は2.347cmです。つまみを除いた印台の高さは平均で0.887cm、総高2.236cm、重さ108.729g。体積は6.0625㎤です。この1辺の長さは、後漢代の1寸に相当しています。

1994年には蛍光X線分析も実施され、金95.1%、銀4.5%、銅0.5%という分析結果が出ました。このほかに水銀などの不純物が含まれていましたが、中国産の金と推定されています。この金印が高位の印であったことから、これが「倭国王」に与えられた倭国の国璽(こくじ)であるとする九州王朝説が活発になり、その後も王朝近畿説との間で議論が続けられています。いずれにしても、金印が発見されたことは、現在の福岡の地が何らかの大きな権力が集まる地であったことを証明するものでしょう。


九州と「金」③純金くまモン

九州のおへそである熊本。熊本を代表するキャラクターといえば、「くまモン」の名前が挙がるでしょう。くまモンは、熊本県内に本店もしくは本社がある企業の商品、熊本県内で製造された商品であれば利用の許諾がおりるため、現在では、熊本に関連するありとあらゆる商品の顔として活躍しています。

10kgの純金製のくまモンが、1億円で受注生産されるというニュースがかけめぐったのは、2014年のことです。

2016年には、熊本地震からの復興を祈念して、純金のくまモンが再び作られることになりました。25g以上の純金を用いて、エレクトロフォーミングと呼ばれる最新の技術を使用し、くまモンの愛らしいシルエットが再現されています。


まとめ

今も昔も人をひきつけてやまない「金」の魅力。九州には、日本最大の金鉱山があり、現在も操業されています。古くは、中国の後漢から伝わった金印、現在では、大地震への復興支援、九州における「金」の長きに渡る影響を感じることができます。


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