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中部地域と「金」の関わり|日本と金の豆知識

日本では古くから金は特別なものであるとして重宝されてきました。歴史の要所で登場しており、時には金をめぐって争いに発展したこともあります。ここでは、中部地域と金の関わりについて詳しくご紹介します。


【目次】

中部地域と「金」①土肥金山

中部地域と「金」②純金歴史人物館

中部地域と「金」③名古屋城の金鯱

まとめ


中部地域と「金」①土肥金山

中部地域と金を語る上で欠かすことができないものといえば伊豆にある土肥金山です。金山とは、採掘することで金が多く採れる山のことをいいます。労力と時間がかかる作業ではあるものの、それ以上に金を獲得するメリットは多く、積極的に採掘が進められました。金山というと多くの方が思い浮かべるのは、佐渡金山ではないでしょうか。

土肥金山は、日本一の生産量を誇る佐渡金山に次いで、日本で2番目に大きい金山でした。その推定産出量は金で40トン、銀で400トンとかなりの量が採掘されたと記録されています。採掘された金は、貴金属や宝石に加工され、日本全国に売買・流通されました。

採掘量の減少とともに昭和40年には閉山して金山としての機能がなくなり、その後は採掘された坑道を観光向けに整備して、現在に至るまで多くの観光客を魅了しています。なお、平成17年7月には、展示品の200kgの巨大金塊を250kgに更新し、ギネス記録に認定されています。金山資料館である「黄金館」で一般公開されているので、訪れた際はぜひ見学しておきたい資料です。


中部地域と「金」②純金歴史人物館

愛知県にある竹田製菓という会社をご存じでしょうか?タマゴボーロやお菓子の城という名前でピンとくる方も多いことでしょう。そんな、お菓子メーカーの社長である竹田和平氏は、日本一の投資家のひとりとしても知られていました。2018年現在はすでに亡くなっていますが、上場企業107社の大株主であり、さらに長期的展望で株式保有をしていたことから多くの方が師事していました。

そんな竹田和平氏が経営していた竹田製菓の本社ビル1階には、「純金歴史博物館」という施設があります。純金歴史博物館は、残念ながら一般公開はされておらず、関係者や特別なチャンスを得た方だけが入ることができるのですが、かつては歴史における偉人100人の顔をかたどった巨大な金貨が100個も展示されていました。

2018年現在は純金ではなく石膏となっているようですが、もし中に入るチャンスがあれば、ぜひその目で確かめてみてください。


中部地域と「金」③名古屋城の金鯱

中部地域で忘れてはいけないものといえば、名古屋城の金のしゃちほこではないでしょうか?「金鯱」と呼ばれて、多くの人を魅了してきたしゃちほこには、非常に長い歴史があります。なぜ、金鯱が掲げられているのかというと、鬼瓦同様に建物を守る神様として装飾に利用されてきたからです。金鯱は、左右で1対となっており、それぞれが雌雄の夫婦であるとされています。

名古屋城の守り神でトレードマークでもある金鯱は、何度も改鋳されていることをご存じでしょうか?昔から財政難に陥るとてっとり早く資金となる金鯱を改鋳してしのいできたと言われています。江戸時代においては3回も改鋳され、どんどん薄くなっていったと記録されています。

また、明治時代には3回の盗難未遂、そして昭和にいたっては貴重なうろこが盗まれるなど、苦難の守り神とされているのです。さらに、戦時中の空襲により、溶けてしまったものの、最終的には名古屋市へ返還されたという経緯もあります。2018年現在では、新たに改鋳され実質4代目の金鯱が、名古屋城を守っているのです。


まとめ

中部地域にはさまざまな金に関する歴史があり、金との関係性が近い地域です。。特に愛知県に関しては、「何事も絢爛豪華にしたい」という県民性から金製品や貴金属、宝石などを保有している方が多い傾向です。もし、使わない金がある場合は買取査定に出してみてはいかがでしょうか?


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