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人類と金の関係・歴史③ 中世ヨーロッパにおける金貨の誕生

人類と金の関係や歴史のうち、今回は中世ヨーロッパにおける金貨の誕生を紹介します。
現在、金貨はコレクションや投資の対象として見られるのが一般的で、物の売買に利用する媒体としては見られていません。しかし、かつては金貨が物の価値の基準であり、硬貨として流通している時代がありました。

【目次】

中世ヨーロッパで盛んだった錬金術とは?

 ・金を作ることは可能だったのか?

中世ヨーロッパで金貨が使われるようになるまで

 ・銀貨から金貨への転換

両替商とはどのような存在だったのか?

 ・金貨の価値はなぜ保証されたのか?

金貨の歴史を通して見る、当時の物価とは?

 ・価値の基準としての金

まとめ


中世ヨーロッパで盛んだった錬金術とは?

金を作ることは可能だったのか?

ヨーロッパに金貨が普及するまでの話より先に、まずは錬金術の紹介をしなければなりません。
というのも、もともとヨーロッパでは金の絶対量が不足していたことから、長い間銀貨が使用されてきました。

もし、金を作り出すことが出来ればそれは即ち莫大な富を得るということだったのです。


錬金術が目指したものは「賢者の石」の完成だったといわれています。
賢者の石とは、他の物質と反応させることでより良質な物質に変質させる力を持つ、と定義されている物質です。
銅や銀を金に変え人を不老不死にする、夢を叶える物質、賢者の石の完成を夢見て、錬金術師(アルケミスト)は自らの命を削って日夜研究を続けていました。


結局、当時の人たちは金を生み出すという夢を叶えることはできませんでした。
しかし、その研究が科学の発展に大きく貢献したのは事実です。全てを溶かす「王水」や高純度の液体を生み出す「蒸留」の技術などは、錬金術師が発明したものです。
ウイスキーやブランデーがお好きな方でしたら、「蒸留」の技術がいかに偉大かお分かりになるのではないでしょうか。


中世ヨーロッパで金貨が使われるようになるまで

銀貨から金貨への転換

それまで銀貨の使用が一般的だった中世ヨーロッパの社会に金貨への転換をもたらしたのは東方との貿易でした。
東方から持ち込まれる東ローマ帝国のノミスマ金貨やイスラム圏のディナール金貨との交換に必要な貨幣として、大型の銀貨や中世ヨーロッパ初の金貨であるフローリン金貨が製造されるようになりました。


他にはジェノヴァ共和国のジェノヴァ金貨や、ヴェネツィア共和国のゼッキーノ金貨(ドゥカート)などが有名で、いずれも13世紀の中頃に製造が開始されています。
14世紀になると中世ヨーロッパの主要な国は全て独自の金貨を発行するようになり、19世紀にイギリスではじめて採用された金本位制へと向かっていきます。


ところで、銀貨と金貨はどれぐらいの比率で交換できたのでしょうか?
当時は国家の中でさえ貨幣の重さや貴金属の含有量が統一されていなかったので単純な比較は難しいですが、例えばデナリウスという基本となる銀貨80枚に対しイギリスのノーブル金貨1枚、と言われています。


両替商とはどのような存在だったのか?

金貨の価値はなぜ保証されたのか?

先ほど銀貨と金貨の交換比率の一例を紹介しましたが、硬貨に詳しい方でしたら疑問を持たれたのではないでしょうか?
それは、硬貨に含まれる貴金属の含有量が分からなければ、単純に交換比率を知っても実際の価値は分からないということです。


実際、当時の銀貨や金貨は貴金属の価値や物価の変化によってその重量や貴金属の含有量をしばしば調整していました。
そのため、硬貨が持つ実際の価値を測る両替商の存在が不可欠でした。
両替商は貨幣の交換を請け負うにとどまらず、やがて税の徴収や貸付業務も行うようになり、現在の銀行業の母体となりました。


南ドイツのフッガー家や北イタリアのメディチ家といえば世界的に有名な銀行家ですが、彼らは両替商から銀行家へと発展していった代表的な例です。
イタリアの両替商はその膨大な資本力を背景に十字軍を支援し、北ヨーロッパ全土へと勢力を拡大していきました。


20世紀までロンドンが世界経済や金融の中心的な地位を築いていたのは、元々は両替商であった彼らが銀行家として活躍していたからに他ならないという訳です。


金貨の歴史を通して見る、当時の物価とは?

価値の基準としての金

さて、最後に中世ヨーロッパの人々の暮らしが分かる資料として、当時の物価や人々の給料を紹介したいと思います。

例えば、今私たちが当たり前に購入するレモンや砂糖はどれぐらいの値段だったのでしょうか?
「中世の食卓」という資料によれば、15世紀の終わり頃、砂糖1キログラムで40~80ペンス、レモンなら240個で18~36ペンスだったのだそうです。


20世紀まで1ポンド=20シリング=240ペンス(ペニーの複数形)という比率で貨幣を交換できました。
当時のイギリスではソブリン金貨という硬貨が本位金貨として流通していて、この金貨1枚が1ポンドという扱いでした。
この1ポンドの金貨が、20シリングの銀貨や240ペンスの銅貨と交換できたということになります。


当時のレートを考慮に入れれば1ペニー=1000円ぐらいになるので、砂糖1キログラムが40,000~80,000円という計算です。
レモン1個あたりなら75円~150円という計算になるので、砂糖が高いのかレモンが安いのか判断の難しい所ですね。
当時のレートについては諸説がありますが、中世ヨーロッパの物価を知る参考ぐらいになるのではないでしょうか。


まとめ

いかがでしたでしょうか?
今回は、中世ヨーロッパに金貨が誕生した流れを錬金術や両替商の歴史とともに紹介しました。
この頃になると、現代との結び付きがかなり強く見られます。

今でもコレクションや投資に使われる金貨はもちろん、錬金術の成果である「蒸留」技術や両替商から発展した銀行業は、今を生きる私たちにとっても欠かせないものですね。


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