Original

人類と金の関係・歴史①「古代エジプトのツタンカーメン物語」

有史以来、人類と金の間には深い関係や歴史が存在します。
人類の発展というのは人間が金をどのように捉えてきたかという歩みによっても語ることができます。

そんな人類と金の歴史・関係を振り返るシリーズとして今回は、古代エジプトのツタンカーメン物語をご紹介します。

【目次】

古代エジプトにおける「金」の価値とは?

 ・金は太陽神ラーの身体の一部と考えられていた

ツタンカーメンのマスクが発見されるまで

 ・暴かれたツタンカーメンの墓

ツタンカーメン王の黄金マスク

 ・黄金のマスクや棺が出土した

ツタンカーメンとはどんな人物だったのか?

 ・死因は未だに特定されていない

まとめ


古代エジプトにおける「金」の価値とは?

金は太陽神ラーの身体の一部と考えられていた

現代では装飾用、工業用、通貨など様々な用途を持つ金ですが、古代エジプトでは金を太陽神ラーの身体の一部として尊重していました。
「神が王に遣わしたもの」である金を一般市民は持つことさえ許されず、全て王へ献上する必要がありました。
つまり、当時の金は古代エジプトの民にとって宗教的な意味合いを帯びていたといえます。


当時、古代エジプトに運び込まれた金の多くは現在のエジプト南部、ヌビアで採掘されたものでした。
古代エジプト語でヌブとは「黄金」という意味があり、ここからヌビアと呼ばれるようになりました。


さて、そのようにして集めた大量の金をファラオは棺やマスク(死者の顔を型どったもの)の製作に使用しました。
永遠の象徴である太陽神ラーのように、自らの身を黄金で覆うことで、ファラオ自身も永遠に生き続けようと願ったのではないか、と考えられています。


その願いが叶ったのかどうかは、現代に生きる私達には知る由もありません。
しかし、そこに残された当時の痕跡、例えばツタンカーメンのマスクのようなものが古代エジプトの歴史を伝えてくれることによって、ある意味でファラオは今も存在しているといえるのかも知れませんね。


ツタンカーメンのマスクが発見されるまで

暴かれたツタンカーメンの墓

1922年11月、イギリスの考古学者ハワード・カーターによってツタンカーメンの墓は発見、採掘されました。他のファラオの墓はことごとく墓荒らしによって盗掘されてしまっていました。
ですが、ツタンカーメンの墓は宝石の一部が持ち去られている以外、ほとんどが無事だったそうです。


この発見は世界を大きく驚かせました。ファラオの墓がほぼ完全な形で発掘されたこともそうですが、有名な「ファラオの呪い」によって発掘のスポンサーであったカーナヴォン卿が急死したのを発端に発掘の関係者が次々と謎の死を遂げたという噂が流れたからでもあります。


そうして発掘された遺品には宝石やチャリオット(当時の戦車)、穀物などの他に、あの有名なツタンカーメンのマスクをはじめとする数々の副葬品が含まれていました。
次は、ツタンカーメンの黄金マスクについて解説したいと思います。


ツタンカーメン王の黄金マスク

黄金のマスクや棺が出土した

ツタンカーメンが眠るピラミッドには盗掘防止のためと思われる壁が何重にも施されていたそうです。
そうして守られた王墓には黄金の棺があり、その中にはツタンカーメンのミイラ、そしてツタンカーメン王の黄金マスクが収められていました。


黄金の棺に使われていた金の重量は110キログラムといわれています。
現在のレートに換算すると約5億円にもなります。当時は効率の悪い砂金採りという採取方法が使われていましたにもかかわらず、これだけ大量の金を集めたのですから驚きですね。


ツタンカーメンの黄金マスクに刻まれた表情を見るとまるで少年のように見受けられました。
そこで、ツタンカーメンのミイラをCTスキャンにかけるなどの調査を行ったところ、その推定年齢は19歳前後だと判明しました。

若きファラオはどうしてそのような年齢で亡くなってしまったのでしょうか?


ツタンカーメンとはどんな人物だったのか?

死因は未だに特定されていない

ツタンカーメンは古代エジプト第18王朝のファラオで、より厳密な表記ではトゥト・アンク・アメンといいます。
彼のミイラには当初直接の死因と考えられていた頭蓋骨の損傷や、現在最も有力な死因とされる左足の大腿骨の骨折など、様々な外傷があります。


他にも有力な死因として毒入りのワインを飲まされたことによる毒殺説や、歩行障害を伴う骨の壊死によって死亡したとされる説など所説ありますが、ハッキリとした死因はまだ断定されていないようです。


しかし、19歳という年齢にもかかわらずこれほどの外傷が発見され、様々な死因が推定されるというのは何とも複雑な気分を覚えます。
ファラオという身にありながら、常に死の危険と隣り合わせであった当時の状況というのは大変なものであったのに違いありません。


大量の金を思うがままに出来る権力を持ちながら、若くして命を落としてしまったツタンカーメンの心境というのはどのようなものだったのでしょうか。
想像してみると、面白いかもしれませんね。


まとめ

いかがでしたでしょうか?
今回は、「古代エジプトのツタンカーメン物語」と題してツタンカーメンにまつわるエピソードや黄金のマスクについて紹介しました。

当時の人々にとって「金」とはどのようなものであったのかということや、ツタンカーメンの死因に様々な説があるということも含めて、皆さまに読んでよかったと思っていただければ幸いです。


【関連記事】

人類と金の関係・歴史②ヨーロッパより古い、古代インカ帝国の黄金の歴史

人類と金の関係・歴史③ 中世ヨーロッパにおける金貨の誕生